東京地方裁判所 平成9年(ワ)18526号 判決 1998年8月27日
東京都中央区<以下省略>
原告
X
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
犀川千代子
右訴訟復代理人弁護士
犀川季久
東京都中央区<以下省略>
被告
山一證券株式会社
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
田中慎介
同
久野盈雄
同
今井壮太
同
安部隆
同
田原彩子
同
山口雅主
主文
一 被告は、原告に対し、金二九三万六六六六円及びこれに対する平成七年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金九〇〇万円及びこれに対する平成七年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被告の従業員C(以下「C」という。)の投資勧誘によってワラントを購入した原告が、右勧誘行為については、勧誘すること自体、または、適合性の原則違反、説明義務違反により違法で不法行為を構成するとして、被告に対し、民法七〇九条、七一五条に基づき、原告が被った損害の賠償を請求している事案である。
二 争いがない事実
1 当事者
被告は、証券取引法に基づき大蔵大臣の免許を受けた証券会社であり、原告はその顧客である。
なお、Cは、平成三年六月当時、被告の従業員であった。また、原告の代表取締役は、A(以下「A」という。)で、D(以下「D」という。)は、その妻である。
2 原告のワラント購入
原告は、平成三年六月一七日、Cの勧誘により、左のとおりのワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入した(以下「本件取引」といい、Cによる勧誘行為を「本件勧誘行為」という。)。
約定日 平成三年六月一七日
銘柄 神戸製鋼Ⅰ
取引数量 五〇枚
単価 一六円
代金 八〇〇万円
権利行使最終日 平成七年六月一六日
3 事業の執行
本件勧誘行為は、Cが、被告の事業の執行につき行ったものである。
三 争点
【争点1】被告Cによる本件勧誘行為が原告に対する違法行為(権利侵害)として、不法行為を構成するか否か
(原告の主張の骨子)
1 本件勧誘行為をしたこと自体の違法性
ワラントは、一般投資家には極めて馴染みが薄く、その価格変動の大きさ、価格変動の要因の難解さ、権利行使期限の存在等、極めてリスクの高い商品であり、そのような危険性に照らせば、ワラントは、その内容、危険性、取引システム等を熟知し、十分な情報収集能力と資金力を有する者が、勧誘によることなく、自ら望んでこれを購入する場合のみ、その販売を正当化することができるものであり、証券会社が顧客に対しワラントの購入を勧誘することは、それ自体違法である。
2 適合性の原則違反
原告は、株式会社とは名ばかりの、夫婦だけで営業する極零細の自動車修理屋で、投資などとは全く無縁であったのに、たまたま土地建物を保有していることに目を付けた三井銀行が、専ら融資先を獲得する目的で被告を紹介し、株取引の経験もない高卒の主婦Dをして、全額融資金で被告と取引を始めさせたものである。そして、Aは、証券取引について全く無知で、三井銀行も被告も、専らDを相手に勧誘したものであるところ、Dは、高卒の主婦で、知合いの関係から、他社で少額の中期国債ファンドや投資信託の取引の経験しかなかった。
Cは、本件ワラントの投資資金全額が借入金であることについて、当然に認識しており、原告の顧客としての右のような属性及び本件ワラントの前記危険性等に照らせば、本件勧誘行為は、適合性の原則に違反して違法である。
3 説明義務違反
Cは、Dに対し、原告が先に購入していたアメリカンエクィティファンドA(以下「本件ファンド」という。)につき、「本件ファンドは、為替の動きが悪いので、これを売って国内のものに替えた方がいい。」と告げて、言われたとおりに従ったDに対し、本件ファンドの売値も教えないまま売却し、その売却の報告書とともに、「コウベセイコウⅠ ヒキウケケン五〇枚八〇〇万円」という買いの報告書を送ったのみであった。従って、本件取引は、説明義務違反以前に、明らかに無断買いである。しかし、とにかく、Dは、本件ファンドという海外の投資信託を売って国内のものにする、ということ自体は認識していたから、国内のもの、つまり神戸製鋼の転換社債のようなものに替えたのであろう、と思っていた。Cも、後任のE(以下「E」という。)も、Dに対し、「コウベセイコウⅠ ヒキウケケン」が「神戸製鋼のワラント」であること自体について、行使期限が来てゼロになっても、一度も説明したことがなかった。
原告は、Dが、「コウベセイコウⅠ ヒキウケケン」について、事前にCからその商品性と危険性について、自分が理解できるまで説明を受けていたならば、借入金で投資しているのであるから、危険なワラント取引を承諾することは到底なかった。本件勧誘行為には、ワラントという言葉すら使わず、事前及び事後にも面接して説明すらない、という無断買いに近い極端な説明義務違反があり、その違法性は極めて大きい。
4 まとめ
Cは、原告に対し、原告の従前の経歴、投資経験等と本件ワラントの煩雑性、危険性等に照らして、原告の代理人であるDが、本件取引による利益や危険性に関する的確な認識のもとに、本件取引をその自主的な判断に基づいて決することができるように、分かりやすく明確かつ具体的な説明を行うべき信義則上の義務に著しく違反して、本件勧誘行為を行ったものであるから、本件勧誘行為は、違法であり、不法行為を構成する。
(被告の反論の骨子―原告の主張の骨子の番号に対応する。)
1 争う。
2 争う。Dは、Cが原告方を訪問する度に、長期・短期の金利見通し、経済・景気の動向、海外経済動向等の質問を受けていた。Dは、投資家としては、むしろ高いレベルに属しており、証券取引に関し、十分な知識・経験を有するものである。
3 争う。
Cは、平成三年六月一三日、原告方を訪れ、Dに対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(以下「本件説明書」という。)を交付した上で、本件ワラントについて、①ワラントは、国内で発行された新株引受権社債のうち、一定期間内に一定価額で新株を引き受けることができるという、新株引受権部分だけを切り離した商品であること、②元本保証ではないこと、③株価と連動しているので、株価が動くと、その何倍かの幅でワラントの値段が上下すること、④ハイリスク・ハイリターンの商品で危険性も多いこと、⑤権利行使期限は、平成七年六月一六日で、権利行使期限を過ぎれば、価値がなくなること、⑥本件ワラントは、新発のワラントであること、⑦単価が一六円で、一枚一六万円であること、⑧権利行使価格が五三一円であること等を説明した上で、本件ファンドから本件ワラントへの買替えを勧めた。Dは、右説明を聞き、十分理解した上で、本件ファンドの売却と本件ワラントの買付を承諾した。
4 争う。
【争点2】(【争点1】が肯定される場合)被告に賠償させるべき原告の損害額はいくらか
原告は、本件ワラントの購入代金八〇〇万円と弁護士費用一〇〇万円の合計九〇〇万円及びこれに対する損害が確定した日の翌日である平成七年六月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
第三争点に対する判断
一 認定事実
前記第二の二の争いがない事実に加えて、証拠(甲一ないし一八、一九(一部)、二〇ないし二三、乙一ないし五、乙六・七(各一部)、乙八、証人D・同C(各一部))及び弁論の全趣旨によれば、本件取引に関する重要な事実関係として、以下の事実が認められる。
1 原告の属性
原告は、株式会社といっても、社員は、代表者のAとその妻Dの二名しかいない、いわゆる零細家内工業である。Aは、仕事一徹の職人であり(勿論証券取引の経験もない。)、原告の経理は、Dに任せきりで、金銭の出納関係は専らDが行っていた。そのD(昭和二〇年○月○日生)も、高等女学校を卒業して、デパート勤務の後、Aと結婚してからは、家事、育児の片手間に、原告の経理事務を担当してきたものであった。
2 従前の取引経験
D(原告も)は、もともと証券取引の経験は全くなかったが、昭和六〇年ころ、日興証券に勤めている友人から頼まれて、当初はこれに付合う趣旨で、Dの貯金で中期国債ファンド、転換社債を各一〇〇万円ずつ位購入したり、当選した第一回NTT株一株を購入したりしていた。
ところが、Dは、平成元年六月初めころ、同年四月に原告の経理用の当座の口座を開設していた三井銀行堀留支店の従業員Fから、「今は株が儲かるからやってみないか。」と誘われ、Dが一旦断ったのに対し、Fは、被告兜町支店のCを紹介した。Cは、昭和五〇年に被告に入社したベテランの証券外務員であった。また、Dは、そのころ、Fから、いざいいものが出たときに、すぐにお金が出せるように六〇〇〇万円位の根抵当権を付けておいた方がよい旨勧められ、原告の資金繰りに用いることもできることから、六月二六日、原告所有の土地・建物に極度額六〇〇〇万円、根抵当権者を三井銀行とする根抵当権を設定した。
Dは、平成元年七月末ころ、Cから電話で、久保田鉄工の新発の転換社債を勧められたので、D個人の預金一〇〇万円で、これを購入した。まもなく、Dは、Fから、前記根抵当権によって融資を受けて、会社で株式取引をすることを勧められ、借金はしたくない旨申し出たところ、更にFから、一、二年を目途に毎月利息だけ支払い、二年位して株を売却して元金を返済する方法を教えられた。そこで、Dは、同年八月一七日、Cがそのころ勧めていた三菱銀行の株式二〇〇〇株を六二九万一五八八円で、続いて、これもCの勧めで、同月二九日、本件ファンド(六九一〇口)を一〇二一万五三二二円で、いずれも全額三井銀行から原告が融資を受けることにより、原告名義で購入した。その際、Dは、被告での口座開設・取引開始に当たって、Cに対し、日興証券での取引の既成事実を話すとともに、被告への投資金額は、一応三〇〇〇万ないし四〇〇〇万円を目途とするが、当初はその三分の一か半分位の金額で開始し、成果をみるといった話もしていた。また、Dは、Cに対し、為替、金利、景気動向等、経済情勢に関する事柄を話題にし、質問するなど、相場についてもかなりの関心を示していた。現に、Dは、本件ファンド(=外貨建投資信託)を購入する際も、Cに対し、為替相場の見通しについて質問し、意見を聞いていた。なお、Dは、一度Cに対し、予め自ら値動きを考えた上で、A名義にて、ある株式につき銘柄と買付価格を指示して注文する、いわゆる客注を行ったこともあった。
その後、当初の予想に反して、為替相場が円高傾向で推移し、本件ファンドが値下がりして、原告が評価損を抱えているような状態が続いたため、Cは、Dに対しその旨告げて、原告からの追加資金投入を求めた。これに対し、Dは、そのような状況では、会社の方では追加資金が出せないと答え、その代わり、しばらくは個人の名義で、一回当たり一〇〇万ないし二〇〇万円程度ずつ、Cの推奨を受けた転換社債や投資信託を買い付けていた(D名義の証券取引の内容を示した別紙(二)の番号2ないし8の取引)。
3 本件ファンドの売付と本件ワラントの買付(=本件取引)
Cは、平成三年五月ころになって、原告に対し、為替相場が急激な円高傾向に進む情勢となってきたことを告げて、本件ファンドにつき、二〇〇万円ほど評価損が出ており、これ以上保有していても、更に評価損が出る可能性がある旨説明して、損切を考えるよう助言した。これに対し、Dは、原告の方で追加資金は出さないが、本件ファンドの売却代金の範囲内で、リカバリーを考えて欲しい旨Cに依頼した。
Cは、平成三年六月初旬ころ、新発の神戸製鋼のワラントが手に入る見通しが立ったため、まず電話で原告に対し、右事実を告げ、リカバリー商品として本件ワラントを勧めた。その上で、Cは、同月一三日ころ、全国証券取引所協議会・日本証券業協会発行にかかる「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(以下「本件説明書」という。なお、右説明書には、ワラントのリスク、即ち、期限付の商品であり、権利行使期間が経過したときにその価値を失うこと、及びワラントの価格の変動率が株式に比べて大きくなる傾向にあること等が、わかりやすく解説してある。)を持参して原告方を訪ね、Dに対し、本件説明書を交付するとともに、ワラントについて概略の説明をした。その際、Cは、原告に対し、ワラントとは、新株引受権であること、元本保証ではないこと、その価格は、株価に連動するが、株価以上に変動率が大きい、いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であることのほか、権利の行使期限がある(その時期が平成七年六月一六日であることも含む)こと及び権利行使価格(その金額が一株五三一円であることも含む)があること等を話した。同時に、Cは、Dに対し、相場全般につき、今後このまま下落するのではなくて、ある程度反発局面があるのではないかと見通しを述べた上で、神戸製鋼の株価に関しても、再度反発して上昇相場に移る可能性が十分あるのではないかとの意見を述べた。なお、当時、神戸製鋼の株価は、一株四九〇円から五四〇円の間で推移しており、本件取引前後は一株五〇〇円前後の株価であった。
ところで、Cは、当時、ワラントの実際の運用としては、新株を引き受けて、その新株を売却するというのは一般的ではなく、ワラント自体の価値が出てきて値上がりしたときに、ワラントのまま売買するというのが通常の方法であると考えていた。そのため、Cは、Dに対する本件ワラントの説明の際にも、ワラントのまま売買でき、ワラントの相場もそのようにやっている旨説明し、本件ワラントの価格も新聞に出ている旨伝えていた。他方、Cは、Dに対し、本件ワラントが権利行使期限を過ぎると無価値になることについては、Dが明確に意識できるようには説明していなかった。
Dは、以上のようなCの説明を聞いて肯いており、特に質問もしなかった。なお、Dは、右説明によって、本件ワラントは、元本保証ではないが、権利行使期限が過ぎると、そのときの元本は償還して貰えるのではないかというような認識でいた。そして、Dは、Cの勧めたとおり、本件ファンドを売却して、その売却代金で原告名義にて本件ワラントを買い付けることにした。
Cは、同月一七日に再度原告方を訪問し、本件ワラント買付に際して、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」と題する書面(本件説明書の内容を確認し、自己の判断と責任において、国内新株引受権証券等の取引を行う旨記載されているもの。以下「本件確認書」という。)を示したところ、Dは、右書面に原告の記名押印をした。そして、Dは、右同日、先にCに任せて本件ファンドを同月一四日売り付けて得た売却代金(八二二万三三九二円)により、本件ワラントを代金八〇〇万円で買い付けた。なお、Dは、同月末ころ、被告から送付された本件ファンドの売付及び本件取引にかかる取引報告書やこれらが記録された月次報告書を異議なく受領し、特に後者については、その内容を承認した印に、原告の記名押印をした回答書を被告に差し入れている。
4 本件取引後の経緯
Cは、本件取引後、Dに対し、原告方を訪問した際に、本件ワラントの価格を告げてはいたものの、その価格は下落しており、権利行使期限までまだ期間があり、相場全般と同様、神戸製鋼の株価もリバウンドが期待できるとの自己の相場観を述べたところ、Dも、同意見であり、そのまま本件ワラントを保有していた。そして、Cは、平成四年一一月にも、本件ワラント価格の現状及びその動向について、再度Dに説明した上で、転勤した。なお、Dは、本件取引後もD名義で、別紙(二)の番号9ないし18のとおり、Cの推奨を受けて納得した転換社債や投資信託等の買付を行っていた。なお、Dによって原告名義でなされた取引は、別紙(一)のとおりである。
Cを引き継いだ後任の証券外務員Eは、平成六年五月ころ、電話でDに対し、本件ワラントが値下がりしていることを告げ、本件ワラントについては、権利行使期限までの間、株価の動きを見ながら、一緒に判断していく旨話し、その間、挽回のため、相場環境を見ながら、比較的リスクが少ない新発物の転換社債や公開株等を誠意を持って案内する旨申し入れるとともに、新規資金の投入を要請した。これに対し、Dは、原告の方で新規資金の投入はできないとして、以後、D名義で、別紙(二)の番号19ないし26の転換社債や公開株の買付を行っていた。その間、Eは、平成六年七月中旬ころにも、電話でDに対し、「会社名義の神戸製鋼のもの、今二二万円から二三万円位ですけど、今処分したらどうですか。」と勧めたことがあり、その際、本件ワラントは、権利行使期限になると零になることも説明し、もしよければ、社長に会って、自分から説明すると申し出たところ、Dは、夫には内緒にしているので、それはできない旨答えて、本件ワラントをそのまま保有していた。なお、被告では、ワラントにつき、権利行使期限の一年ほど前になると、顧客の注意を喚起する趣旨で、本件説明書と同様の説明書をもう一度顧客に送付するようにしているところ、被告は、その後まもなくの時期に、原告方にも、本件説明書と同様の冊子(平成六年七月作成のもの)を送付した。Dは、右のようなEの説明を聞いたことと、二度目に手にした本件説明書と同様の冊子を読んだことにより、遅くともこのころには、本件ワラントが権利行使期限が過ぎると無価値になることを明確に認識・理解したものと思われる。
その後、Dは、本件ワラントの権利行使期限が間近となった平成七年四月ころ、Eに電話をして、期限がもうすぐであるが、どうなるかと尋ねたところ、本件ワラントが無価値になってしまっている旨告げられた。これに対し、Dは、期限前であるのに無価値であるとはどういうことであるのか聞き返したところ、Eは、同年一月の阪神大震災で神戸製鋼が大被害を受けたからである旨答えた。Dは、自分がした取引であるし、震災で零になったのであれば仕方がないものと諦めて、そのまま六月一六日の権利行使期限を迎えた。
ところが、Dは、平成七年一一月ころ、ワラントについて説明を受けないまま購入させられたという事件の訴訟で判決が出たというニュースを聞き、翌日すぐにEに電話をして、Cの転勤先の電話番号を教えて貰い、Cと連絡を取って、本件ワラントにつき説明を一切受けていなかったとして抗議した。これに対し、Cは、原告が説明を聞き納得の上で本件ワラントを購入した旨反駁した。
以上のとおり認められ、証拠(甲一九、乙六、七、証人D、同C)中、右認定に反する部分は採用しない。なお、原告は、特に、本件ワラントについての説明の有無・程度について、前記【争点1】「原告の主張」3のとおり主張し、証拠(甲一九、証人D)中には、これに沿う証言ないし供述部分が存在するけれども、他の証券会社も含め、それまである程度の取引経験があったDが、本件確認書に原告名義で記名押印をしていた事実や、本件ファンドの売付及び本件取引にかかる取引報告書を異議なく受領し、月次報告書については、右各取引を承認する趣旨の確認印を押した回答書を差し入れていた事実(前記3の認定事実参照)等に照らして、容易に採用し難い。
二 争点1について
1 本件勧誘行為をしたこと自体の違法性について
ワラント取引は、権利行使期限を経過すると、ワラントが無価値(=紙屑)になる点や、ワラントの価格が、株価以上に大きく変動する点において、危険性が非常に高い商品である。しかし、その反面、顧客の損失が投資金額のみに限定されている点や、株式よりも数倍の値動きをするので、株価が上昇した場合には、値動きが大きい分大きな転売利益を得たり(=ギアリング効果)、市場より安価な権利行使価格にて、権利行使をして新株を取得することにより利益が得られたりする点において、投資効率が良い商品でもある。従って、証券外務員が、一般投資家も含めた顧客に対し、特に、右ワラントの高度の危険性の面についても十分な説明をなし、これを正しく認識・理解させた上で、投資勧誘をなすことまで、直ちに違法な行為と評価することはできない。従って、【争点1】「原告の主張1」は、採用できない。
2 適合性の原則違反について
前記一の認定事実によれば、本件取引は、形式は株式会社ではあっても、実質はA・D夫婦の個人企業といえる原告において、経理を専行しているDが本件勧誘行為を受け、本件ワラント買付を決断して本件取引に及んだものであり、しかも、Dが被告に委託して行っていた取引は、各取引時点における資金の出所の都合上、D個人名義でするか、会社名義でするかをDが考えて振分けていたものであるから、本件勧誘行為の違法性を考えるにあたっては、本件取引の実質的な当事者ないし本件勧誘行為の相手方は、Dとしてみるのが相当である。ところで、Dは、高等女学校卒の主婦で、本件取引以前、ワラント取引の経験は全くなかったものであるが、原告の経理事務に従事しており、本件取引までにも、取引量はさほど多くないものの、他の証券会社での取引も含めて、株式や投資信託の買付等の取引の経験はあって、為替、金利、景気等の経済情勢についても関心を持ち、そのような話題の会話もしており、株価の値動きを自分で追跡する程度のこともできていたことは、前記一で認定したとおりであって、右のようなDの経験と能力からすると、本件ワラントについても、Dに対して、特に前記1の高度の危険性も含めて十分な説明をなし、ワラントの基本的な商品性と危険性を十分認識・理解させることができた場合を想定すると、そのような場合にまで、Dに対して本件ワラントの買付を勧誘することが適合性の原則に反して違法ということはできない。従って、【争点1】「原告の主張」2も、採用できない。
3 説明義務違反について
前記1で指摘した、ワラントが商品として高度な危険性を有する点に鑑みれば、証券外務員は、特に、素人の一般投資家に対しては、ワラントの商品としての基本的な内容をひと通り説明して理解を得るのはもとより、特に、①ワラントの価格が、株価と連動して数倍の値動きをすることと、②権利行使期間を経過すると、権利が消滅して無価値(=紙屑)になることについては、実際に最悪の場合にいかなる事態になるのかも含めて、明確かつ具体的に説明し、顧客がそのような最悪の場合をも十分念頭に置いて、その危険性を十分認識・理解させた上で、取引の決断をさせるべく説明を徹底して尽くすべき信義則上の義務があるというべきである。
前記一の認定事実によれば、Cは、ひと通りの本件ワラントの商品性について説明していた事実が認められるところ、本件勧誘行為で注目すべき特質は、Dが、ワラント取引については、素人であった点と、Cが、本件ワラントを勧めるにあたって、その運用方法として、新株引受権を行使するのではなく、先に本件ファンドで出した評価損を挽回すべく、専ら、本件ワラントにつき、株価の値上がり(リバウンド)を待って、本件ワラント自体を市場で売却して転売益を得ることを狙っていた点であり、その関係から、前記の要点のうち、少なくとも①の点についてはDに説明し、この点についてはDの認識ないし理解が得られていたことが窺われる。ところが、このように、Cが目指した取引の主眼が、当初からワラント自体の転売にあったことや、前記一で認定した本件取引後のDの対応、即ち、前記一で認定した後任のEとの会話の内容や、ワラントの判決をニュースで知った直後にDがとった行動等に照らして考えると、前記要点のうち②の点、即ち、権利行使期間の意義とその効果という、もう一つの危険性の要点については、たとえ、Cが前記ひと通りの商品性の説明の中で触れていたとしても、最悪の事態として、権利行使期限を経過すれば元本の償還は得られず、もはや紙屑にしかすぎないことを明確に認識させる程度まで説明し、注意を喚起するまでのことはしていなかったことが推認される。なお、Cは、自己の説明で、本件ワラントの危険性の面が十分理解できたかをDに確認していない。加えて、本件取引当時、神戸製鋼の株価は、権利行使価格と同程度ないしそれよりやや下回る状態で推移していたのである(前記一参照)から、もし予想通り相場が反転しなければ、本件ワラントの場合、再び損切をして転売することを早い目に決断しない限り、権利行使期限を経過して紙屑になりかねない危険性は十分予想できたものである。
そうすると、Cが口頭による一応の説明をするとともに、②の点も含めて注意を喚起し解説をしている本件説明書をDに交付していた点を考慮しても、本件勧誘行為は、②の点につき、素人のDがその危険性を明確かつ具体的に認識・理解できる程度に説明を尽くしておらず、Dの認識・理解が不十分なまま、本件取引に応じる決断をさせた点において、説明義務に違反するものとして違法と評価される。従って、本件勧誘行為は、原告に対する不法行為を構成するから、被告は、民法七一五条に基づき原告に生じた損害を賠償する義務があるといわなければならない。
三 争点2について
1 原告は、本件勧誘行為により本件取引を行った結果、買付代金八〇〇万円(なお、本件ワラントは無価値となったから、原告が得た利益はない。)の損害を被ったことが認められる。
2 ところで、前記二で認定したように、Cが本件ワラントの商品性につきひと通りの説明はしていた上、Dが、本件ワラントの危険性につき平易に説明し、注意を喚起した本件説明書を受領していたことに鑑みると、Dが注意深くCの説明を聞き、かつ、本件説明書を読んでいたならば、前記②の点も含めて本件ワラントの危険性を理解することは可能であり、本件取引を自ら回避できた可能性も大であったと認められるから、Dにも、これらのことをせず、自ら本件取引を決断したことには、相当な落ち度があったものというべきである。そして、前記二で認定したCの説明の内容・程度、当時の相場状況、Dの本件説明書受領の事実、Dの属性と能力等、本件に現われた一切の事情を斟酌すると、原告に発生した損害についての責任割合は、C(=被告)が一、D(=原告)が二とするのが相当であると思料される。従って、被告に賠償させるべき本件勧誘行為と相当因果関係ある損害は、二六六万六六六六円(円未満切捨て)となる。
3 本件事案の内容、審理経過、認容損害額等に鑑みると、被告に賠償させるべき弁護士費用は、二七万円とするのが相当である。
四 むすび
よって、原告の請求は、主文の限度で認容することになる。
(裁判官 徳岡由美子)
<以下省略>